女の子の一番大切なもの=セックス?山口百恵「蒼い時」の衝撃。

今回は、”カリスマアイドル”の先駆者である、山口百恵について書きます。

山口百恵とは…

1970年代を代表するトップアイドルであるとともに、アイドルがはじめてアイドルの域を超えた「カリスマ」として世間に認知された…そんな、唯一無二の存在であります。
以下、主にWikipediaからのコピペ。

  • 1959年1月17日生まれ。後述する「蒼い時」によると、妾の子として生まれ父の愛情を感じることなく育ったという。
  • 1972年12月、オーディション番組『スター誕生!』で準優勝、20社から指名を受ける。
  • 1973年4月、映画『としごろ』に出演し、5月21日に同名の曲で歌手としてもデビュー。森昌子・桜田淳子と共に「花の中三トリオ」と呼ばれる。
  • 1974年には文芸作品の名作『伊豆の踊子』に主演し、演技でも評価を得る。
  • その前から噂はあった…というよりほぼファンの間では公然の秘密ですらあったんですが…1979年10月20日、三浦友和との恋人宣言を突如発表、翌1980年3月7日には三浦との婚約発表と同時に、芸能界引退を公表する。
  • 1980年9月に刊行された自叙伝『蒼い時』は発売から1か月で100万部を超え、12月までに200万部を超える大ベストセラーになった。
  • 1980年10月5日、日本武道館でファイナルコンサート。最後のテレビ生番組出演は、10月13日放送の「山口百恵スペシャル ザ・ラスト・ソング」。正式な芸能活動の完全引退は、10月15日のホリプロ20周年記念式典。
  • 芸能人としての活動はわずか7年半程だったにもかかわらず、引退までにシングルは31作の累計で1630万枚、LPは45作の累計で434万枚を売り上げる。1970年代最もレコードを売り上げた歌手といわれる。

数々のカリスマエピソード

さらにWikipediaから、彼女のエピソードをいくつか拾ってみます。

  • ブレイクのきっかけは「青い性路線」といわれる(当時としては)過激な性表現を行った歌詞の楽曲群だった。それ自体が画期的なことであり、しかもそれを15歳の少女が臆することなく堂々と歌う姿そのものがのちに「カリスマ」と認知されていった端緒ともいえる。
  • 阿木燿子・宇崎竜童コンビというロック界の作家を起用したこともアイドルから本格的な歌手へ脱皮するきっかけとなったが、そもそもこの起用は、山口百恵本人の指名によるものとされている。自己プロデュースするアイドルの嚆矢ともいえる。
  • 1978年の『第29回NHK紅白歌合戦』では紅組トリを務めたが、10代の歌手(当時19歳)が紅白のトリとなったのは彼女が初でかつ、その最年少記録はいまだに破られていない。
  • 評論家の平岡正明は「山口百恵は菩薩である」という評論を書き、篠山紀信が「時代と寝た女」と評するなど、当時の一級の文化人たちから高く評価されたことも彼女のカリスマ化に拍車をかけた。

”♪真っ赤なクルマ~”大ヒット曲「プレイバックPart2」の黒歴史

もうね、当時、小学生の間でどんだけ流行ったか。

小学生にまでウケてはじめて単なるヒットではなく社会現象、と呼んでよいのではないかと思います。当時小学生だった私にとっても強いインパクトを残した曲。だからこそ「プレイバックPart2」は、紅白のトリになるほど世間を席巻し、のちのちまでそれが”史上最年少記録”として芸能史上に燦然と輝くことになったのではないかと。

これがね。当初、NHKで歌う時は「”ポルシェ”は商品名だから歌詞の中で歌うと宣伝行為になってNG」ということで”♪真っ赤なクルマ~”と歌っていたのです。これがもう社会現象となるくらいヒットするとね、そんな圧力?をかけていたこと自体が世間に非難されかねないんじゃないかと思います。んで、紅白で歌ったときにはしっかり「ポルシェ」と歌っております。

余談ですがNHKは歌詞の中の商品名に厳しく、かぐや姫「神田川」の”クレパス”が商品名だからクレヨンに替えてくれよん、と言われたり「ハナシを盛るな(´・_・‘)」、スチャダラパーの「アクアフレッシュ」という曲もかなり難色を示されたといいます。

天才かよ!○○(伏字)を歌詞に入れる新機軸「美・サイレント」

空前絶後のアイデアだなあと。

歌詞カードにがっつり「○○○○」「××××」って書いてあるんですもん!実際に歌う時どうなるかというと、♪あなたのぉーー と歌った後でバックのオーケストラが「○○○○」の部分で♪ジャンジャンジャンジャン!と鳴って、「……が好きなのです」とくるわけです。そこにどんな言葉が来るかはリスナーが勝手に想像してくれ、というすごいスタイルです。

ちなみに、この曲を迎え撃った当時の小学校の教室のリアルタイムの状況はと言いますとね、そりゃあやりたい放題です。♪ちんぽこ~ とか♪きんたま~ とか、下ネタ言いたい放題です。さすが小学生。

世の中を変えた本「蒼い時」

さて、ようやく今回の本題です。山口百恵さんが書いた「蒼い時」という本は、発行当時、世間に衝撃を与えました。

まずは、いわゆるタレント本、暴露本のたぐいとして衝撃を与えました。というより、いわゆるタレント本、暴露本という域を越えていた。

まず、最初に出版されたときには、最終章(あとがき)は彼女自身の万年筆による手書き原稿がそのまま掲載されていました。つまり「まちがいなく本人が書いているんだぞ」というメッセージです。当時、アイドルの著作と言えばゴーストライターが書くのが当たり前です。今でもアイドルやタレントのエッセイ本の多くはインタビュー形式で本人に語ってもらった内容をエディターがまとめるスタイルがほとんどですが、この時代はもはやそんなレベルでもなく本人の意思全く関係ない内容を誰かが勝手に書いているのが公然の秘密だった時代です。そんな時代に、アイドルが、自分の意志で、この文章はまちがいなく自分の本音だ、と世間に知らしめるには多分、この方法しかなかったんだろうなあ。

アイドルが自ら、自分の本音を書き殴る。その行為自体が衝撃的だった時代に。たとえば彼女の曲の初期の傑作に「ひと夏の経験」という曲があって、その中に「あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ」という歌詞があって。

こんなもん、今じゃあたりまえの平凡な歌詞表現ですが、当時は、これは相当に過激な表現だった。15歳のアイドル歌手が、歌うような言葉ではなかった。そして…。

インタビュアーは、みな一様に薄笑いを浮かべて、”女の子の一番大切なものって、なんだと思いますか?”と聞くのだ。どう答えれば、彼らは満足すると言うのか。セックス、とでも、答えれば満足なのか。

…こんなこと書かれたら、当時インタビューした人たちはみんな、ショボーンですよね(大爆笑)。

で、この文章はこう続く。

セックス、とでも、答えれば満足なのか。私は”まごころです”という回答で押し通した。それは、私の本音でもあった。この曲を歌ううちに、自然と私の中に、その思いは育っていた。女が、男に身をまかせるということは、簡単なことではない。まごころをささげなければ、出来ることではない。

見事、というしかない。若干15歳の少女が、そこまで真剣にものごとを考え、突き詰めて歌っていたわけです。受け手も、うひゃー、過激な歌だなァー、なんていってその歌を消費しながらも、その裏にある真摯な思いを、どこかで感じ取っていたのではないかと。だから、彼女は、カリスマになれた。

そう、最初はこの本はいわゆるタレント本、暴露本として衝撃を与えましたが、そのうち、その域を越えて評価されるようになりました。当時はまだまだ、女性の権利や立場が軽く扱われていた時代。あの時代に、ここまで女性の本音というものを、強い言葉で、正確に伝えた本が他にあったか。この現代でも、ここまで書かれた本はなかなか見当たらない。

この本は、もしかしたら、日本人の女性観が変わっていく、大きな流れのひとつのきっかけになったかもしれない。そのくらい、この本が世の中に与えた影響は、大きかったのです。

おまけの超小ネタ・久米宏の黒歴史!

なんか重いハナシになった気がするので、最後は軽めのネタで締めます。

いやもう、セクハラですよセクハラ。今の時代だったら多分、シャレにならない。ザ・ベストテンに山口百恵さんが出演するたびにですね、久米宏がなぜか、彼女の肩や背中を触りまくる!いや当時もファンからは相当な苦情がよせられていたようですが、久米さん本人はどうも、無意識にやっているようで…。

もし、久米宏さんと対面する機会があったら、言ってあげてください。「そういえば昔、山口百恵さんに毎週のようにセクハラを…」。多分、イヤな顔されると思います。

以上です。